観想(テオリア)の意味 | ヌースとの違いも重要


この記事をシェアする

今回はアリストテレス哲学の重要語である「観想(テオリア)」を解説しますが、難解な上にややこしい類語もあります。

例えば、直観知を意味する「ヌース」。プラトン哲学の用語で直観的認識を意味する「ノエシス」。

しかも

「ヌース」は使う人間によって用法が違うし「ノエシス」は現象学の用語としての方が有名です。

ですが、一つ一つ整理していきましょう。

1.観想とは

まずは定義から確認しましょう。

観想(テオリア)とは

  • 感覚では把握できないものを直観する思索活動のこと。
  • 「他の在り方ではあり得ない必然的な知(= 直観知:ヌース)」を対象とし、その知は「知ること自体に意義がある」とされる。

このように「直観知:ヌース」を目的とした活動が「観想:テオリア」です。

まあ、このままでは意味不明だと思うので、補助線を引きながら解説します。

1-1.プラトンにおける直観

簡単に言うと、

直観とは

事象そのものを直接的に全体を把握する能力のこと。

※[直観]のちゃんとした解説については

関連記事

準備中

このような直観的認識を意味する言葉の元祖が、プラトン哲学の「ノエシス」です。

ノエシスとは

事象そのものであるイデア魂の目によって直接的に認識すること。

※イデアは真実の知あるべき姿を意味する概念だと思ってください。

関連記事

イデアとは

プラトンの哲学用語だけあって[イデア]が絡んできます。一言で言えば、「イデアに辿り着いたら最高」なのですが、

本当にイデアを直接的に把握することなど可能なのでしょうか。

この疑問に答えたのがプラトンの著作、対話篇『パイドン』であり、あの有名な[想起説]です。

※[想起説]については

関連記事

想起説

というわけで、プラトン哲学における直観についてまとめました。

そんなプラトンのイデアを論理的、かつ「浮世離れして分りにくい」という至極まっとうな理由で批判したのがアリストテレスです。

現象学的なノエシスの意味は

関連記事

準備中

1-2.三種の活動

アリストテレスは活動の種類を3つに分けます。

  1. 実践(プラクシス)→ 何らかの理論、法、計画などに基づいて行動すること。実践知に関係。
  2. 製作(ポイエーシス)モノを作ること。技術知(テクネ―)に関係。
  3. 観想(テオリア)。

下に向かうほど上級な活動とされます。

③観想別格です。①②は世俗的な活動で、実践は製作に従うとされています。

例えば

建物の設計者大工の関係を考えてみましょう。

設計者はその建物の目的や設計図を知っているため、より原則に近い存在とされます。

哲学は原理を見つけ出す学問なので製作や技術知の方が上とされるのです。

※今回のテーマとそれるので深くは書きませんが、保守思想では「実践は製作に従う」という考え方に批判的なようです。

関連記事

実践

※ただし、アリストテレスは倫理・政治的領域の実践に関わる知である思慮(フロネーシス)についてはかなり重要視しています。

関連記事

準備中

1-3.観想的生活こそ至上

もう一度、観想の定義を確認しましょう。

観想(テオリア)とは

  • 感覚では把握できないものを直観する思索活動のこと。
  • 「他の在り方ではあり得ない必然的な知(= 直観知:ヌース)」を対象とし、その知は「知ること自体に意義がある」とされる。

観想は世俗的な関心や煩わしさから切り離されています

世俗的な関心というのは、

富や権力や人気を得たいとか、衣食住を安定させたいとか、犯罪に巻き込まれたくないとか人間なら自然と持つ関心です。

実践や製作はこれらの関心に奉仕するのですが、観想は「知ること自体に意義がある知」に至る活動です。

なお

[広大な自然を見て楽しむ]なども世俗的な関心を免れていますが、風景は「他の在り方でもあり得る」ので観想にはなりません

そのようなこの上なく素晴らしい認識に至るのが観想なのですが、結局どのようにして至るのかはわかりません

アリストテレスは「観想的生活こそ至上のものである」としていましたが、結局それがどのような生活かはよくわからないのです。

2.神秘主義との関係

しかし、手掛かりはあります。ピタゴラス教団はプラトンやアリストテレスに多大な影響を与えたのですが、

ピタゴラス教団では、宇宙の理に触れるために、静かな部屋に入り心をしずめることを実践していたそうです。

要するに瞑想をしていたのですが、観想もそれに近いのかもしれません。

※ただし、アリストテレスは「観想的生活」と言っているので、瞑想よりも自由に動き回ることはできそうなのですが。

似たような考え方は神秘主義で見られるようです。

  • 精神を包括的な対象に合一させて、恍惚的な境地に至ろうとする。
  • 「包括的な対象」とは、例えば。心をしずめて一心に神のことを考えることで自分と自分以外の事物の境界線が無くなる。そうすることで、ある種の満足感を得る。

「瞑想を経て悟りを開く」みたいな感じです。

悟りを開いた人間は満足感を得るだけではなく最高の知識を得られるらしいので、それを世俗を生きる人間に伝えていきます。

アリストテレスの観想的生活が何を示しているかは正確にはわかりませんが、神秘主義に近そうだとは言えると思います。

実は

古代の哲学は神秘主義や宗教にかなり近いのです。

プラトンはについて盛んに言及していたし、ソクラテスに至っては自分を神の使いだと思っていました。

おそらく「哲学者っぽい」と感じるのは、ソクラテスやプラトンと対立していたプロタゴラスやゴルギアスの方だと思います。

というわけで、今回はアリストテレス哲学の重要語である「観想(テオリア)」の解説をしました。

最後に今回出てきたキーワードに関する記事を挙げるので、興味が湧いたら読んでください。

関連記事

準備中

以上です。ありがとうございました。
次の記事

前の記事

この記事をシェアする