これも性暴力?フェミニズムにおける「性暴力」について

迷う犬

この記事をシェアする

ラジカル・フェミニズムは[家父長制]よりも「性暴力」を危険視・敵視します。「性暴力」と言ってもレイプなどの性的暴行だけではありません。

ラジカル・フェミニズムにおける「性暴力」はかなり拡大解釈されたもので、おそらく「女性専用車両という男性差別」が公然と認められている理由にも関わっています。

そういった意味では、「性暴力」は男性にとっても無視できないキーワードでしょう。

1.性暴力とは

性暴力の定義を明確化したのはキャサリン・マッキノン氏です。

性差別は、性的に楽しめる、少なくとも不平等に楽しめる、政治的な不平等となる。この取り決めを作りだし、それを維持する恐怖の一形態として機能するのが性暴力である。

出典元:キャサリン・マッキノン『修正されないフェミニズム』

わかりやすく言い換えると、

  • 女性差別の根底には女性を服従させ、性的興奮を味わいたいという男性の欲望がある。
  • 女性差別を具現化し、さらに維持させるには恐怖が必要で、そのために性暴力は使われる。

となるでしょう。

もっと端的に言うと、

  1. 女性差別は男性の性欲と支配欲が生みだす。
  2. 性暴力は心身を傷つけるだけではなく恐怖を与える。

となります。

2.四種類の性暴力

性暴力は以下の4つに分類されるようです。

  1. 直接的暴力 →レイプ、性的虐待など。
  2. 儀礼的暴力 →割礼、夜這い習慣など。
  3. 間接的暴力 →ポルノグラフィー、性的中傷、セクハラなど。
  4. 性器を中心とした身体的暴力

はおそらく、①②をする過程で性器を傷つけるということでしょう。また、が一般的な意味での性暴力です。

さて、注目すべきはポルノグラフィーすら間接的な性暴力だとしている点です。

その他のものが「女性の心身に傷を与え、恐怖も与える性暴力」だというのはわかりますが、ポルノグラフィーもそうなのでしょうか。

フェミニズム界隈で盛んに行われている「ポルノ論争」を通して考えていきましょう。

3.ポルノ論争

ポルノグラフィーの定義は、

性的な行為を露骨に表現した文学・映画・絵画・写真など。

出典元:『三省堂 大辞林 第三版』

このポルノグラフィーはラジカル・フェミニズムの宿敵です。

1983年、マッキノン氏とアンドレア・ドゥオーキン氏は「ポルノは女性に対する公民権の侵害である」という確信の下、「反ポルノ条例」を作成し、アメリカ・ミネソタ州でこれの制定を目指しました(結果は不成立)。

その中の一部を引用します。

「ポルノの危害には、人間性の抹殺、性的搾取、強制的な性行為、強制的な買売春、肉体的傷害、社会的および性テロリズム、 劣位にあるものが優者の慰みものにされることなどがある。」

「社会的および性テロリズム」が何を意味しているかは定かではありませんが、全体的には「ポルノは無理やりやらされるもの」という想定があるようです。

確かに

無理やりポルノ作品に出演させられている」というのなら、それは大問題でしょう。

続きを見ていきましょう。

「ポルノが助長する攻撃的行為とともにポルノが促進する偏狭で侮蔑的な風潮ゆえに、雇用、教育、資産、公共設備、公共事業において平等な権利を行使する機会が減少する」

「助長する攻撃的行為」は要するに、レイプ系のAVや官能小説などから影響を受けてそれを模倣するということです。

確かに

世の男性がポルノに異常なほど刺激され、年中発情するようになれば女性にとってはかなり恐ろしいですよね。

しかし、考え過ぎだということもあるので「ポルノが男性の精神に与える影響」について検証する必要があるでしょう。

次の「ポルノが促進する偏狭で侮蔑的な風潮」とはいったい何なのでしょうか。それが女性の教育機会などに影響するらしいのですが。

官能小説やポルノ映画などには必ずと言っていい程、女性を学校に行かせないような描写があり、教育関係者がそれを模倣する

ということなのでしょうか。

私は官能小説やポルノ映画を観ないのでわかりませんが、とりあえずラジカル・フェミニストは、

ポルノグラフィーは女性全体の雇用、教育、資産、公共設備、公共事業における平等な権利を損なわせる

と考えているようです。

4.売春は性暴力か

売春について、大越愛子氏はこのように述べます。

多くの場合、男性は性を買うと称して、実際は恣意的な性暴力を行使する権利を得ようとしているのである。

出典元:大越愛子『フェミニズム入門』

要するに、

金銭を受け取ることで女性側も合意しているのだが、男性に「恣意的な性暴力を行使する権利」を与えることになるからダメ

ということです。

もしかしたら大越氏も、先ほどのマッキノン氏やドゥオーキン氏と同様に、「売春は男から無理やりやらされるものだ」という想定があるのかもしれません。しかし、

  • 「合意のあるビジネスとしての売春」が無理やりやらされたと何故言い切れるのか。
  • 「労働契約は成立しているが嫌なこともある仕事」は数多く存在するのに何故売春だけ問題視するのか。
  • そもそも、「売春には性暴力を通して力を発動したいという欲望が含まれている」と何故わかるのか。

といった疑問は残ります。

5.女性はいつ性暴力を受けてもおかしくない?

以上のように、ラジカル・フェミニズムの性暴力の理論には多くの疑問が残るのにもかかわらず、大越氏はこのようにまとめます。

性暴力の頻発が示しているのは、全ての女性が潜在的な性暴力の被害者たりうるという可能性である。

出典元:同上

男性たちが気づかないままに内面化している性暴力の政治学を、意識化させていく作業が必要であろう。

出典元:同上

要するに、

  • 全ての女性は男性からいつ性暴力を受けてもおかしくない
  • 男性は無意識の内に女性に性暴力を振るっている。

ということです。

この意見は、特に男性からの大きな反発を招くでしょうが、フェミニストの中にも賛否両論があります。例えば、

  • マルクス主義フェミニストエリザベット・バダンテール氏はマッキノン氏に対して「極端すぎて女性を笑いものにする」と言い痛烈に批判している。
  • リベラル・フェミニズムは、ラジカル・フェミニズムが過剰にポルノを規制したがる事に対して反対している。

などなど。このように、性暴力に関する議論はいろいろと複雑なのです。

6.潜在的性暴力との闘い

繰り返しますが、

  • 全ての女性は男性からいつ性暴力を受けてもおかしくない
  • 男性は無意識の内に女性に性暴力を振るっている。

このような、言わば「潜在的性暴力」と闘うのがラジカル・フェミニズムの最大の課題です。

荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、実は、この闘いは社会の色々な場所や場面に影響を与えています。冒頭で述べた「女性専用車両」という男性差別問題もそうです。

関連記事

準備中

また

最近話題になったキッズラインの男性ベビーシッターの排除問題にも「潜在的性暴力との闘い」が関わってきます。

こちらの方はフェミニズムが今まで積み重ねてきた議論や実績を無に帰すようなむちゃくちゃな問題でもあり、なぜフェミニストが全力で抗議しないのかが不思議なほどです。

関連記事

準備中

まあ、無理やりまとめるならば「性暴力」に関する議論は、なかなか決着のつかない困難なテーマだということでしょう。

以上です。ありがとうございました。
次の記事

前の記事

この記事をシェアする