クエーカー教徒とは | シェーカー教徒、アーミッシュとの違いも


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今回はクエーカー(quaker)の紹介をします。

なお

当サイトは宗教への理解を目的としており、特定の宗派の信者を増やす力はもっていません。

というわけで、まずはクエーカーの客観的なデータを記述します。

  • 指導者】ジョージ・フォックス
  • 設立年】1648年
  • 発祥地】イングランド
  • 別名】フレンズ、キリスト友会、光の子
  • 主な地域】アメリカ、イギリス
  • 信徒数】約28万人
  • 名前の由来】信徒が霊的体験する際に、体を激しく震わせ(クエーク)ていたから(詳しくは後述)

今回は内容が盛りだくさんなので、さっそく本編に入りましょう。

1.クエーカー教徒の「震え」とは

[クエーカー]の名前の由来は冒頭に挙げたもの以外にもあります。

ジョージ・フォックスが神への冒涜罪で法廷に立たされた時、判事に向かって「為政者は神の言葉に震えよ」と言ったこと。

このことがきっかけで、ジョージ・フォックスたちは判事から[震える者 = クエーカー]と名付けられたという説もあります。

ところで、「為政者は神の言葉に震えよ」の震え(クエーク)は「神の言葉に心を揺り動かされる」という意味にもとれますが、

ジョージ・フォックスは実際に「体を振動させる」ことが神秘的な体験をする上で重要だと考えていたようです。

[振動]と一種の[神秘的体験]に科学的な因果関係があるのかは定かではありません。

しかし

次第に「各個人の魂に語り掛ける神の声(内なる光)を感じ取ることが重要」という教義を強調するようになっていきました。

これがクエーカー教徒の別名である[光の子(Children of the light)]の由来でもあります。

本人たちは[クエーカー]よりも[光の子]という呼び名を好んでいたようですが、現在では教徒の間でも[クエーカー]は定着しています。

※昔は[クエーカー]は蔑称でした。

ただし

現在でも[フレンズ]や[キリスト友会徒]という、クエーカー教徒以外の呼び名を好む教徒もいるようです。

まあ、いずれにせよ、

  • クエーカー教徒は個人の内的体験を重視する。
  • ジョージ・フォックスの独特なパーソナリティー。

が分かったと思います。

2.クエーカー教徒の特徴

クエーカー教徒は個人の内的体験を重視します。

よって

教会や聖職などの権威や様々な儀式を否定聖書も絶対視しません。

にもかかわらず、19世紀以降は教会を持ち、聖書を絶対視するクエーカーグループも登場しました。

このように掴みどころがない彼らなのですが、その特徴を順を追って紹介していきましょう。

2-1.平等主義と寛容な思想

「内的体験をした者  内なる光に導かれた者」は霊的には対等です。よって、クエーカー教徒同士に上下関係はありません

この考え方は男女平等、あらゆる差別の撤廃、奴隷廃止、死刑反対、そして徹底的な平和主義などの寛容な思想につながります。

「平和主義」や「信徒数の規模」から、よくアーミッシュと比較されることもありますが、

アーミッシュはやや閉鎖的な空間に慎ましやかに暮らしているのに対して、クエーカーは積極的に社会奉仕活動を実践しています。

例を挙げれば、

  • 戦争中の人道支援活動によって、あるクエーカー団体が1947年にノーベル平和賞を受賞。
  • 第二次大戦中、強制収容所に送られた日系アメリカ人の救済の為に尽力

などがあります。

2-2.[内なる光]を重視した結果…

しかし[内なる光]は各個人の体験であり教徒に共通の光ではないため、クエーカー教徒をまとめ上げることはできません。

例えば、伝統的クエーカー教徒の礼拝では[感話]と呼ばれる時間があります。ポイントを解説すると、

  • 伝統的クエーカーの礼拝では讃美歌の斉唱や聖書の朗読、説教などの一般的な教会に見られるようなプログラムがない
  • 代わりに、教徒たちは礼拝堂の中で神の啓示が来るまで沈黙し、何らかの閃きがあった教徒は立ち上がりそれを話す(感話)
  • 感話でななく、聖書の一節の朗読を提案する場合もある。
  • 礼拝の時間は約1時間。誰の感話もなく沈黙だけで終わることも。
  • 長老が隣の者と握手をするのが礼拝の終わりの合図。一般の教徒も隣の者と握手をし、礼拝の後は紅茶やコーヒーが出されおしゃべりをする。

ただし、19世紀以降に登場した[フレンズ教会(the Friends Church)]では、

沈黙の時間の後に一般的な教会に見られるプログラムを施します。

ちなみに

伝統的なクエーカー教徒が組織するのは[キリスト友会(the Religious Society of Friends)]で教会ではありません。

フレンズ教会は福音派クエーカーが組織したものだけあって、その教義はかなり保守的で、中には聖書の無誤性を信じる人々もいるほどです。

POINT

聖書の無誤性聖書には全く誤りがないという立場をとること。例えば、天地創造や聖母マリアの処女懐胎などを信じる。

※福音派については

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[感話]に話を戻しましょう。感話についても「沈黙の中で聴いた神の声を言葉にする」というニュアンスなので、

単なる思いつきとどう違うのかという議論もあるようです。

2-3.福音派と伝統派

福音派クエーカーは伝統的クエーカーから非正統派のレッテルを貼られることもしばしばあるようです。

2-3-1.福音派クエーカー

先述した通り、福音派は極端に保守的です。

例えば、アメリカの大統領選で「人工中絶」の賛否が議題に上がることがよくありますが、

クエーカーに限らず[福音派]の人々は人工中絶には批判的な立場です。

しかし、これは聖書の教えに忠実だということでもあります。

2-3-2.伝統的クエーカー

反対に伝統的クエーカーの人々はリベラルで、人工中絶にも寛容です。

しかし

聖書を絶対視せず、むしろ社会活動に重きを置く傾向があります。

驚くことに「自分たちはキリスト教徒ではない」と自称するグループもあるようです。

2-3-3.共通の傾向

両者は[内なる光]を最重要視することで共通しているのですが、それ以外は真逆とも言うべき傾向があることがわかります。

ですが、全体的には、

  • 福音派は同性愛に反対しているが、基本的には平等主義で個人の尊厳を尊重する。
  • 勤勉で贅沢をせず、物質的な豊かさよりも内面的な豊かさを重視する。

という傾向が見られるようです。

2-4.シェーカー教徒

クエーカーから分派したグループに[シェーカーズ(シェーカー教徒)]があります。

シェーカーズはクエーカー教徒の説教を聴き回心したアン・リー・スタンリーによって設立されました。

彼女は[内なる光]に導かれた結果、自身で新たな宗教グループを作るに至ったようです。

アン・リー・スタンリーは1774年にアメリカ、ニューヨーク州のオルバニーに共同体をつくります。特徴は、

  • イエス・キリストの再臨を信じる。
  • 自給自足で私有財産を認めない共産主義的な体制。
  • 独身主義。
  • 禁煙禁酒

シェーカー教徒は一時期2万人程度いたらしいのですが、現在ではほぼいない状態だそうです。

3.ジョージ・フォックスとは

このように各人の[内なる光]への尊重は集団としてのまとまりを生むことは難しいのですが、

実際には

平等主義や寛容さ勤勉さ、活動的な性質といった傾向が各クエーカーグループには共通して見られます。

その原因は指導者ジョージ・フォックスの強烈な個性にありそうです。

3-1.ジョージ・フォックスの生涯

  • 【1624】イングランドのレスターシャー州のフェニードレイトンで機織り職人の家に生まれる。学校教育を受けられなかったが読み書きは習得でき、幼い頃から聖書を愛読していた。
  • 【1643】信仰と精神に迷いが生じ、バーネットに旅に出る。様々な聖職者のもとを訪ねるが誰一人精神を安定させることはできなかった。
  • 【1644】2度目の旅へ。今度は自分自身の手で宗教的確信を作るために、イギリス中を遍歴。そして、ある確信を得る。
  • 【1648】本格的に布教活動を開始。
  • 【1650】冒涜罪で投獄。この時、判事から[クエーカー]と名付けられたという説も。
  • 【1653】護国卿オリバー・クロムウェルと面会。クロムウェルと深い親交を結び、自由の身になる。
  • 【1654】ロンドンで投獄。
  • 【1656】ローセンストンで投獄。
  • 【1660】ランカスターで投獄。
  • 【1663】ランカスターで再び投獄。
  • 【1666】スカーボローで投獄。
  • 【1669】マーガレット・フェルと結婚。
  • 【1671】アメリカのイギリス植民地を周り、先住民や非クエーカーへの布教活動を行う(約2年間)。
  • 【1674】ウスターで投獄。
  • 【1677】オランダやドイツの友会を周る。
  • 【1691】生涯を閉じる。

目を引くのは投獄の多さです。しかし、裏を返せばそれだけすぐに釈放されているということでもあります。

ただし

獄中死したクエーカー教徒も数百名規模でいたようです。

とは言え、ジョージ・フォックスは既存の権威と洗礼を否定したため拷問や処刑されてもおかしくなかったと思うのですが、

そこまで至らなかったのは、クエーカーが小規模な平和主義者だったというのが大きな要因でしょう。

※例えば1534年にドイツやスイスやオランダで起こったアナバプテスト運動は苛烈な弾圧と多くの死者をもたらし、

アナバプテストのグループは平和主義者のナノメイト系とフッタライトしか残りませんでした。

3-2.非暴力・平等主義・禁煙禁酒

ジョージ・フォックスの罪状は冒涜罪や反逆の疑いだったのですが、それは彼らにとっては謂れのないことでした。

刮目すべきことは、彼は獄中から仲間たちに「決して暴力的な抵抗をしないように」と手紙を書き、クエーカー教徒もそれに従ったことです。

ジョージ・フォックスの特筆すべきエピソードとして、他には、

  • 女性には人間の魂がないという主張に反対した。
  • アメリカの先住民にも[内なる光]は感じられると主張した。

このあたりはクエーカー教徒の先駆的な男女平等や奴隷差別への反対につながっているのは言うまでもありません。

また

フォックスは嫌煙、禁酒家でした。クエーカー教徒は禁煙禁酒の傾向が強いと言われていますが、それが影響しているのでしょう。

3-3.純粋さとカリスマ性

さらにもう一つ、ジョージ・フォックスが他の教派の指導者と違うのは、

他の指導者は聖書の新たな解釈によって新しい宗派を作ったのに対し、フォックスは純粋に魂の安定を求めている内に[内なる光]に辿り着いた

ということです。それは同時に、

聖書や儀式を履行することで形式的に神を信仰するよりも、深い回心の体験をしなければ魂の救済はあり得ない

という確信にもつながります。

このような確信を得た後のジョージ・フォックスの演説は毅然として力強く、多くの人を魅了したと言われています。

オリバー・クロムウェルもその中の一人だったそうです。

クロムウェルはクエーカー教徒に対する警戒心を終始持っていたのですが、フォックスとは生涯の友となったようです。

以上です。ありがとうございました。
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