毒親⑤「暴言を吐く親」を徹底解説 | しつけ、いじめとの関係性


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「毒親」という言葉の語源となったスーザン・フォワードの著作『毒になる親』では、毒親は7つのタイプに分類されているようです。

今回はその中から「暴言を吐く親」を紹介します。

なお、スーザン・フォワードによる名称は、正確には「残酷な言葉で傷つける親」です。

「暴言」の中には一見暴言だとはわからず、周囲の人間も巻き込んで間接的な加害者にしてしまうタイプのものも存在します。

そういったものも含めて「残酷な言葉」と表現しているのでしょうが、それは後ほど見るとして、まずは暴言の定義をはっきりさせておきましょう。

どんな親でも、時には口汚い言葉を子供に浴びせることもあるかもしれないが、それだけでは必ずしも言葉による虐待ということにはならない。だが、子供の「身体的特徴」「知能」「能力」「人間としての価値」などについて、日常的かつ執拗に、ひどい言葉で攻撃を加えるのは虐待である。

出典元:スーザン・フォワード『毒になる親』

このように、

  1. 子どもの「身体的特徴」「知能」「能力」「人間としての価値」などを誹謗中傷する。
  2. そのような「言葉による攻撃」を日常的かつ執拗に加えている。

という特徴が見られた場合、その親は「暴言を吐くタイプの毒親だ」と言っていいでしょう。

1.

冒頭でも言ったようにこのタイプの毒親が吐く「暴言」には、一見暴言だとはわからないものもあります。

スーザン・フォワードによると暴言は以下のように大別されるようです。

そのひとつは、はっきりと悪意のあるひどい言葉や汚い言葉で露骨にののしるタイプ。もうひとつは、一見悪く言っているようには聞こえない「からかい」「嫌味」「屈辱的なあだ名」「はっきりとわからない微妙なあざけりやけなし」などの、より陰険な方法で執拗いじめるタイプで、これはしばしばユーモアという外見をとりつくろっている。

出典元:同上

それでは両者の特徴を見ていきましょう。

1-1.露骨にののしるタイプ

冒頭に言ったことをあからさまに行うタイプ。詳しく言うと、

「身体的特徴」「知能」「能力」「人間としての価値」などに対する中傷を日常的かつ執拗に、あからさまに行う。

これはかなり毒性の強い行為だと言えるのですが、親によっては「お前のためにやっているんだ」的な正当化をする毒親もいます。

この正当化の仕方は「コントロールばかりする親」にも見られるのですが、こちらの方は過剰で歪んではいますが愛情はあります

しかし

「露骨にののしる毒親」は人格批判などの誹謗中傷を伴うので、これで愛情の裏返しだ言うのは無理があるでしょう。

「しつけ」と「暴言」の違いについては

破壊性が強い上に反省も促しにくいという点で、「露骨にののしる上に正当化するタイプの親」はかなり質の悪い毒親だと言えます。

※「コントロールばかりする親」については

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1-2.陰険にいじめるタイプ

「陰険にいじめるタイプ」たいう名称が物語っているように、要するにただの「いじめっ子」です。

1-2-1.いじめによる影響

「いじめ」と聞くと、小・中学校のクラスなどの比較的幼い人たちの集団内で起こる嫌がらせのことを連想すると思います。

実際

人間は若ければ若いほど「自分と似た人間たち(その中には近い年齢も含まれる)」の影響を受けやすいと言われています。

そういった意味では、同級生からのいじめは子どもに大きな影響を与えますが、長きにわたって影響を及ぼすとまでは言い切れません

子どもの人格に長期的に影響を及ぼすのは「集団内(クラス内など)での地位を決めるようないじめ」です。

1-2-2.「家族」という集団

人間の脳は「集団で生きていくこと」が出来るように作られているため、

クラスという集団内で蔑まれたポジションにされたまま成長すると、自己肯定感の低い人格が形成されてしまいます。

それでは「家族」という集団内ではどうでしょうか。

親から多少からかわれても一時的にムッとするだけでしょう。しかし「からかい」や「嫌味」が執拗だとかなりのストレスになります。

最悪なのは兄弟の一人を「いじられキャラ」のようなポジションにして馬鹿にし、それで和気あいあいとした家庭感を出す毒親です。

そのような場合も、学校のクラスで良い仲間が出来れば精神的に救われるのでしょうが、

やはり子どもは家族と過ごす時間も長いので「家族」という集団内でのポジションも重要です。

スーザン・フォワードの著作には、子どもの頃父親がジョークを言う時には決まって自分がからかわれたという男性が登場します。

この男性の場合は、いつもこき下ろされ、笑いものにされていたが、それに抵抗して争おうとすると、今度は「冗談がわからないやつだ」と責められ、「ダメなやつだ」とやはり自分が悪いことにされた。

出典元:同上

「冗談やユーモアのフリをしたいじめ」はこのように言いくるめて逃げ場を失くすことで2重に被害者を苦しめるのですが、

この家庭の場合、

男性を馬鹿にすることで一家の団らんが保たれていたことがさらにこの男性を逃げづらくし、他の家族も現状を変えようとは思わなかった

という可能性があります。

2.

というわけで、

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