他人指向型とは?わかりやすく解説します


この記事をシェアする

社会学者のリースマンが提起した「他人指向型」は社会学や政治学における概念なのかもしれませんが、私が知ったのは倫理学の中でです。

例えば『もういちど読む 山川倫理』ではキルケゴールやサルトルの実存の哲学を紹介するための呼び水として「他人指向型」が出てきます。

社会学者のリースマン<1909~2002>は、現代人は孤独への不安から他人の行動に同調し、他人の承認を強く求める他人指向型の人間であると分析している。現代人は、心に孤独をかかえながら他人に同調することで、「みんな同じ」という安心感に逃げ込もうとする。

出典元:山川出版社『もういちど読む 山川倫理』

リースマンが分析対象にしているのは1940年頃の主にアメリカだろうと思うのですが、現代の多くの日本人にとっても無視できない指摘でしょう。

しかし、これだけでは情報が少ないのでもっと深掘りしていこうと思います。

1.他人指向型・内部指向型・伝統指向型

リースマンが提起したのは「他人指向型」だけではありません。他にも「伝統指向型」と「内部指向型」があります。

要するに

人間の社会構造の変化に伴って、人間の行動パターンも伝統指向型→内部指向型→他人指向型と変わっていったというわけですが、

正直、なぜ「他人指向型」だけが現代人の特徴として引き合いに出されているのかがわかりません。

「内部指向型」も現代人の分類に使えます。確かに「他人指向型」の方が現代人の心理を多く言い当てていると思いますが、

「伝統指向型→内部指向型→他人指向型」と変遷したというより「伝統指向型→内部指向型→内部指向型+他人指向型」になった

と理解した方が良いでしょう。それでは、この3つのパターンについて見ていきます。

1-1.伝統指向型とは

この社会の同調性は、個人の生まれつきの性別と身分に由来する特定の社会的役割に限定されているが、若い者に、伝統に対する自動的ともいえるほどの服従を教え込むことによって支えられている

出典元:リースマン『群衆の顔』

要するに身分社会に住んでいた人々の特徴を指しています。

例えば

江戸時代の士農工商、「スクールカースト」の語源でもあるヒンドゥー教のカースト制度など。

このような社会は身分ごとに社会的な役割や教育や身なりまで違うので、人々の行動や思考はその人が属している身分に縛られます。

世界にはまだこのような社会も残っていますが、全体的に見ればもっと流動的な社会に変わっていきます。

そこで登場するのが「内部指向型」や「他人指向型」の人々です。

1-2.内部指向型とは

「内部指向型」人間の特徴を一言で言うと、

金・名誉・地位・権力という俗っぽいものを得るということを人生の目標にしているということです。

例えば、昭和のモーレツ社員などは金を稼いで車やマイホームを買って、仕事も順調に出世していって…のような生き方をしていましたよね。

もちろん「金・名誉・地位・権力」は人間にとって魅力的なものなので現代でも大きな力を発揮しています。

1-2-1.親や社会の大人たち

しかし、何故かリースマンは

このことは、両親やその他の影響力のあるおとなたち同一視し、彼らを模範とすることにより、早くから植え付けられたのである。

出典元:同上

このように「両親や大人たちが世俗的だからそれを模範とした子どもも世俗的になる」という謎の倫理を展開しているのです。

おそらく、後ほど見るように

「他人指向型」は同世代の人たちと同調する傾向があるので、それと対比する形で「内部指向型」は親世代を模倣すると想定したのでしょう。

1-2-2.超自我との関係

さらに言えば、リースマンの「内部指向型」の考え方はフロイトの「超自我」の影響を受けていると思われます。

超自我とは

道徳的良心のことで自分の行動を罰したり監視したりする心のこと。幼児期の親のしつけによって形成される。

超自我によって親の行動規範が子どもに受け継がれるわけなのですが、

例えば

「金や地位」を過剰に求めることを嫌う親からしつけられた子どもは、超自我の働きにより金や地位を過剰に求めなくなります。

しかし、おそらくリースマンは

  • 伝統指向型の社会の次に現れた社会は「金・名誉・地位・権力」で構成された社会だった。
  • 伝統指向型の社会の崩壊により親世代の権威は表向きは失墜したが、超自我の形で残った

という2つの現象を無理やり重ね合わせることによって、

親やその他の大人を模範にすることにより「金・名誉・地位・権力」を求めることを人生の目的にするようになった人々

を「内部指向型」と呼ぶに至ったのでしょう。

1-3.他人指向型とは

対して、

他人指向型の人がもつ同調性は、成人の権威を受け入れることよりは、むしろ同時代の人たちが抱く期待に敏感に反応する

出典元:同上

このように同世代の人たちから強く影響を受けるのが「他人指向型」人間の特徴です。

彼らが同世代から影響を受けるのは親世代の自信と監護力が弱体化し、権威が失われたからだと言われています。

2.他人指向型と大衆社会

内部指向型の社会も他人指向型の社会も「大衆社会」の一種だと考えられます。大衆社会論は結構前からあったのですが、

伝統指向型→内部指向型→他人指向型というように社会は大衆化していった

というのがリースマンの主張の要旨です。

しかし

現代でも内部指向型の人間は大勢いるので、このように明確に区分できるわけではありません。

この辺りは時代の制約があったから仕方ないのでしょうが、確かに、

親や周りの大人の権威が失墜し、同世代同士で影響を及ぼし合うようになれば大衆化は進むでしょう。

例えば、最強のマスメディアであるテレビは親や近所の大人ではなく、テレビの中のスターへと子どもの視線を集めます。

もともと子どもや若者は親世代に反発し、自分たちの世代での文化を作ろうとするため新しいスターやカリスマに飛びつきやすいのです。

そこに大きな資本が動き、多くの若者の消費行動を駆り立てることに成功したら流行と巨大な市場が生まれます。

流行や商品を追いかけるうちに自分を見失うというのが大衆の特徴の一つですが、「他人指向型」はそれの大きな一因になっているのです。

※このように「他人指向型」は大衆社会論(もちろん、社会学的な意味での「大衆」)の一部として捉えましょう。

3.不安と実存

冒頭の話題に戻ります。

他人指向型の人間が同年代の人々と群れを成してしまうのは「孤独への不安」が強いからです。

もっと言うと、内部指向型の人間が「金・名誉・地位・権力」という一種の勲章を求めるのも取り残される不安があるからでしょう。

その不安に徹底的に闘うための哲学がキルケゴールやサルトルの実存哲学や実存主義です。

他にはニーチェハイデガーも実存について考えた哲学者だと言われています。

このように、他人指向型は「自分とは何か」という哲学的な考察の入り口にもなっているのです。

以上です。ありがとうございました。
次の記事

前の記事

この記事をシェアする