客観的と客観、主観的と主観は実は違う?正しい対義語とは?


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「客観的」と「主観的」の意味や違い、および「客観」と「主観」の意味や違いについてわかりやすく解説したサイトは多くあるのですが、

実は

「客観的」と「客観」は全く別の意味の言葉であることを紹介したサイトはあまりないと思います。

種明かしすると、

「客観」と「主観」には①哲学的な意味②一般的な意味があり、「客観的」と「主観的」は一般的な意味の派生語として生まれたのです。

今回は「客観的」と「主観的」の使い方や「客観」と「主観」の一般的な使い方も例文を交えながらわかりやすく説明するのですが、

「客観」と「主観」の哲学的な意味の方も「誰かに言いたい雑学」として是非覚えて帰ってください。

それでは本編に入ります。

1.客観的と主観的について

冒頭でも言った通り、「客観的・主観的」は「客観・主観」の一般的な意味の方の派生語なので、意味や使い方はわかりやすいのですが、

[主観的→自分だけの考え方に基づく、客観的→みんなの考え方に基づく]というふうに理解している方も多いのではないでしょうか。

しかし、この定義は違います。

「主観的」はこの定義で良いのですが「客観的」は誰の考え方にも基づかないのです(ただし厳密には)。

整理します。

1-1.主観的とは

他人には通用しない自分だけの考え方にとらわれていること。

「他人には通用しない自分だけの考え方」というのが後ほど見るように「主観」の一般的な意味なのですが、それにとらわれているわけです。

三省堂 大辞林 第三版』で意味を確認すると…

しゅ かんてき -くわん- [0] 【主観的】( 形動 )

主観に基づくさま。また、自分だけの見方にとらわれているさま。 ⇔ 客観的 「 -な判断」

出典元:三省堂 大辞林 第三版

1-2.客観的とは(厳密には)

あらゆる人の考え方を排した事実に基づいていること。

「あらゆる人の考え方を排した事実」というのが後ほど見るように「客観」の一般的な意味なのですが、それに基づいているわけです。

こちらも『三省堂 大辞林 第三版』で意味を確認しましょう。

きゃっ かんてき きやくくわん- [0]【客観的】( 形動 )

個々の主観の恣意(しい)を離れて、普遍妥当性をもっているさま。 ⇔ 主観的

出典元:三省堂 大辞林 第三版

個々の主観の恣意を離れて]と難しい言い方をしていますが、意味は上記した通りです。

あらゆる人の好み、感想、意見、物の見方、感じ方、評価などから離れた存在ということなのですが、

例えば

①数値、②定義、③直感的にわかることがあてはまります。

それではそれぞれの使い方を確認しましょう。

1-3.客観的・主観的の使い方

順番が前後しますが、ますは「客観的」の例文から入ります。

  1. 富士山は3,776メートルだ【数値】
  2. ネコは哺乳類である【定義】
  3. 雲は白い【直感的にわかること】

一言で言えばデータに基づいているわけですね。これらのデータをもとにした自分ならではの見方が「主観的」です。

「主観的」の例文

A:富士山は高い、B:ネコは可愛い、C:雲は豆腐よりも白い

などが挙げられます。

1-4.客観的とは(広義の意味)

こうしてみると「客観的」はけっこう使い勝手が悪いですよね。それに、よく考えたら、

「客観的に見る」や「客観的な意見」などの言葉も普通に使いますが、あらゆる人の意見を排すのなら「客観的な意見」は何だか変ですよね。

しかし、安心してください。

多くの言葉は定義通りカッチリとは使われない拡大解釈もされますよね。「客観的」も例外ではありません。

拡大解釈された「客観的」の意味も明記しましょう。

客観的とは(広義の意味)

自分のだけの考え方を排除したうえで、当事者の誰かに肩入れせずに第三者的な立場に基づくこと。

「客観的に見る」とは第三者的な立場からものを見るということです。

厳密な意味で「客観的に見る」場合は、あらゆる人の立場に基づいてはいけないので神の視点に立たなければなりません。

しかし

当事者の誰にも肩入れせずに公平に物事を見た場合は十分に「客観的に見る」と言えるのです。

1-5.客観的に見ることの難しさ

「客観的に見る」について少し補足します。

例えば、仲の良い友人Aと仲の悪い友人Bがケンカをしていて、あなたは「客観的に見てどちらが悪いか」を尋ねられたとします。

その時、あなたは…

  1. 友人Aが考えていそうな事を答える。
  2. 双方の意見を聞いて論理的に意見を述べる。

1-5-1.誰かの主観を代弁する

はついついやってしまいそうですが、これは「友人Aの主観に基づく答え」なのでNGです。

1-5-2.様々な判断基準がある場合

はどうでしょうか。

こちらは主観的にもならず、第三者的な視点にも立っているために「十分に客観的である」と言えます。

しかし

「BがAをからかう→Aが怒る→Bが悪い」というのは論理的にも正しそうですが「BがAをからかう→Aが怒る→AがBをぶん殴る」はどうでしょうか。

AはBからからかわれたからと言ってぶん殴っても良いのでしょうか。

「でも原因を作ったのはBだし」「でもその殴り方は痛いだろうし」などいろいろな判断基準があり、どれを採用するのかはあなたの主観なので、

やはり

客観的に見ること(広義の意味での「客観的に」であっても)は結構むずかしいわけですね。

2.主観について

三省堂 大辞林 第三版』の「主観」の意味を読めば多くの人が圧倒されるかもしれません。

しゅ かん -くわん [0]【主観】

①対象について認識・行為・評価などを行う意識のはたらき、またそのはたらきをなす者。通例、個別的な心理学的自我と同一視されるが、カントの認識論では個別的内容を超えた超個人的な形式としての主観(超越論的主観)を考え、これが客観的認識を可能にするとする。 → 主体

自分ひとりだけの考え。 「 -だけで言うのは困る」 「それは君の-だ」

▽⇔ 客観 〔西周(にしあまね)訳「心理学」(1878年)に英語 subject の訳語として載る〕

出典元:三省堂 大辞林 第三版

一般的な意味はです。は哲学的な意味なのですが、もともと「主観」は哲学用語だったということですね。

ますは一般的な意味の方から整理しましょう。

2-1.主観とは(一般的な意味)

他人には通用しない自分だけの考え方のこと。

これは先ほどまで話していた「主観的」の語源です。

2-2.哲学的な意味

①対象について認識・行為・評価などを行う意識のはたらき」は「何かを知る」という機能というふうに捉えてください。

考えが頭に浮かぶためには考えのもとになる情報を知らなければならないですよね。

よって

②自分だけの考え」が成立するには「①何かを知る」という機能」が必要不可欠なのです。

さらに言えば「頭に何かが浮かんだ」ということを知らなければ何も考えようがないですよね。

ここまで来れば哲学的な議論に足を踏み入れているでしょう。哲学用語で言えば「悟性」「統覚」「センスデータ」などが関わってきます。

「あれ、こういう議論も楽しそうだな」という方は

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こちらをご覧ください。

ちなみに「カントの認識論では個別的内容を超えた~」のくだりは「物自体」についての議論に関わります。

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物自体とは

 

3.客観について

「主観」の哲学的な意味を含めると結構複雑でしたが「客観」はどうでしょうか。

きゃっ かん きやくくわん [0] 【客観】 〔object〕

① 主観の認識・行為の対象となるもの。主観に現れるもの。世界。かっかん。

特定の認識作用や関心を超えた一般的ないし普遍的なもの。主観から独立して存在するもの。客体。かっかん。

▽⇔ 主観 〔漢籍では「立派な容貌、外観」の意。「哲学字彙」(1881年)に英語 object の訳語として載る。明治期には「かっかん」と読むのが一般的〕

出典元:三省堂 大辞林 第三版

こちらはわかりやすいですね。

こちらも「主観」と同様には哲学的な意味では一般的な意味を指すのですが、わかりやすくまとめましょう。

3-1.客観とは(一般的な意味)

あらゆる人の考え方とは無関係に存在するもの。

これは先ほどまで話していた「厳密な意味での客観的」の語源です。

3-2.哲学的な意味

「客観」の哲学的な意味は「主観」のそれとは違い実に単純です。要するに「主観の対象」なのですが、

その対象が自分の頭の中に考えとして浮かんだのならそれは「客観」ではなく「主観」ではないのかというパラドックスがあります。

このパラドックスを解決したのは先ほども登場したカントなのですが、いかがでしたか。

今回のテーマは客観・主観・客観的・主観的の意味と使い方の解説だったとのですが、

少しでも多くの方に哲学的な議論の面白さも伝えられたのなら幸いです。

以上です。ありがとうございました。
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