今回はジョン・ボウルビィ(イギリスの精神科医 1907~1990)によって提唱された「愛着理論」について解説します。
聖書やコーランは完璧な書物とされていますが、あらゆる科学的な理論は完璧ではありません。
新たな発見があるたびに書き加えられたり、改められたり、場合によっては破棄されることもあります。
それではボウルビィの愛着理論はどうかというと、正直な話、提唱された当時はあまり評価されず、様々な批判もされていたようです。
現在ではボウルビィの愛着理論を見直す動きもあるようです。
今回はそのあたりの経緯やボウルビィの愛着理論の要点についてまとめていきます。
※当サイトでは岡田尊司氏の著作を主に参考にしていますが、岡田氏が拡大解釈した愛着理論への批判もしています。
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目次
1.ボウルビィの愛着理論【概要】
ボウルビィについての記述は脳科学者の友田明美氏のものが参考になります。友田氏の著作を手掛かりにボウルビィの研究を追っていきましょう。
1-1.ボウルビィの発見
ボウルビィが子どもの育ちと愛情について注目し始めたきっかけは、第二次世界大戦後、親を亡くして施設にいる子どもたちについて調査を行っていたときののことでした。
出典元:友田明美『子どもの脳を傷つける親たち』
ボウルビィは、いわゆる戦争孤児の調査中にある事に気が付きました。
孤児になる前に、両親や近しい養育者と安定した関係を築けなかった子どもほど、周囲と打ち解けずに無口でいたり、反対に、過剰なくらい馴れ馴れしくまとわりついたりする傾向があることに気づいたのです。
出典元:同上
ここでのポイントは
「親や養育者」と健全な関係を築けなければ「周囲の人間」とも健全な関係を築けないというところです。
このように、行動パターンが親や養育者から周囲の人間へ応用される仕組みを「内的作業モデル」と言います。
※「内的作業モデル」は愛着理論の基盤になる概念の一つです。
なお、友田氏は「親や養育者」と言っていますが、ボウルビィ自体は「母親」を重視していたようです。
1-2.安全と探索
続きを読みましょう。
そこから研究をスタートさせたボウルビィは、人間の子どもが健やかに育つには、「安全と探索」という二つの側面が必要である、との結論に至りました。
出典元:同上
「安全と探索」は
- 親や養育者のぬくもりある庇護を受け、危険を免れる(安全)
- そこで得られた安心感を足がかりにして、親や養育者から離れた場所も徐々に探索して行動範囲を広げていく。
というふうに捉えてください。これは後に「安全基地」と呼ばれる非常に重要な概念に繋がります。
※「安全基地」も「内的作業モデル」と並んで、愛着理論の基盤になる概念の一つです。
1-3.ボウルビィの評価
以上のボウルビィの研究はどのように評価されたのでしょうか。
当初はかなり批判が多かったが、現在では主張の一部は見直されているといった感じです。
例えば、
心理学者のラターは母性剥奪によると思われる症状(発達遅滞など)が、じつは母親から引き離されたことによるものではなく、その当時の劣悪な施設の環境や、多数の不特定の保育者によって保育されることによっていることを明らかにした。
出典元:Wikipedia
「劣悪な施設」以外にも、第二次世界大戦下というかなりストレスのかかる状況だったというのも見逃せない要素でしょう。
養育以外の環境要因による影響も子どもの成長には欠かせないというわけですね。
また、精神科医の岡田尊司氏は
今でこそ、母親と子どもの結びつきの重要性や愛着理論には大きな関心が寄せられるが、ボウルビィの研究も、評価されるよりも、「眉唾だ」と胡散臭い目で見られることの方が多かった。
出典元:岡田尊司『愛着障害の克服』
このように総括します。
岡田氏は「母親と子どもの結びつき」と言っていますが、現在の愛着理論が重視しているのは「親や養育者との結びつき」です。
岡田尊司氏は愛着理論関係ではかなり有名ですが、癖の強い方でもあります。岡田氏がなぜ母親にこだわるのかは後日まとめようと思います。
準備中
2.思わぬ再評価
愛着理論を考える上で岡田尊司氏は無視できないのですが、こういった意見もあるようです。
2-1.「ボウルビィが述べるように」
精神科医の高橋和巳氏によると、
愛着障害とは、ボウルビィが述べるように生後~2歳くらいまでの間に、養育に継続的に責任を負う大人(多くは母親)に出会わなかったために、愛着関係を築くことができなかった子どもたちの障害である。
出典元:高橋和巳『「母と子」という病』
高橋氏が「ボウルビィが述べるように」と強調しているのには理由があります。続きを見ていきましょう。
「愛着障害」について書かれた書物には、愛着障害を単に「母子関係の歪み」とか「親の愛情不足」として見ているものが少なくない。しかし、愛着関係が「ある」のか「ない」のかが、心の発達の出発点だ。
出典元:同上
これは岡田尊司的な愛着理論に対する批判です。
岡田氏はボウルビィが想定していた愛着障害を超拡大解釈することによって有名になったのですが、そういった主張に批判しているわけです。
その際に「ボウルビィが述べるように」と言って自制を促したわけですね。
※愛着理論に限らず、拡大解釈しようとする者が「もう一度原点回帰せよ」と警告されることはよくある話です。
2-2.フロイトについても
ボウルビィは精神分析家でもあります。その精神分析を確立したのがジグムント・フロイトなのですが、
岡田氏はフロイトの警告も無視しているようです。
一言で言えば、カウンセラーは患者に偽の記憶を与えることができる
のですが、
岡田氏の愛着理論にはそのような疑義が濃厚にあるわけですね。
カウンセラーは患者に「自分は愛着障害だ」と思い込ませることができるし、「愛着障害が治った」と思い込ませることもできる
と言えば、事態の深刻さもお分かりいただけると思います。
2-3.批判を受け入れる態度
というわけで、最後は岡田氏に対する批判になってしまいましたが、
自分で理論を作りそれに対する責任を持つ人は様々な批判を受け入れ、自説を改善するように努めるものです。
ボウルビィも先述したラターの批判を受け入れ愛着理論の改善に役立てたようです。
そういった態度も評価されるべきでしょう。
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