エホバの証人とは | 結婚は禁止?輸血拒否しなければダメ?

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今回はエホバの証人(Jehovah’s Witnesses)の紹介をします。

なお

当サイトは宗教への理解を目的としており、特定の宗派の信者を増やす力はもっていません。

というわけで、まずはエホバの証人の客観的なデータを記述します。

  • 指導者】チャールズ・ラッセル
  • 設立年】1879年
  • 創設地】アメリカ合衆国のペンシルベニア州ピッツバーグ
  • 別名】1931年まではラッセル主義者、千年紀黎明者
  • 信徒数活動国・地域の数】約870万人、約240
  • 名前の由来】ハルマゲドンの戦いが始まった時に、信徒は神(エホバ)の証人としてエホバの勝利を見届けることになるから。

エホバの証人の信徒数は先進国では減少傾向にあるものの、日本では約20万人もの信徒を獲得しています。

もしかしたら

一人暮らしのアパートに信徒が訪ねてきたり、道中で話しかけられたりした経験がある方もいるのではないでしょうか。

エホバの証人は伝道熱心なことで知られています。

このことに戸惑いを感じる方もいるでしょうが、今回はエホバの証人の教義や活動客観的に理解していきましょう。

1.エホバの証人の活動や規律

冒頭でも言いましたが、エホバの証人は伝道熱心な教派です。まずは、この[伝道]とは何なのかをまとめていきましょう。

1-1.研究生・伝道者・成員

キリスト教徒になる為には、基本的には[洗礼(バプテスマ)]を受ける必要があるのですが、

エホバの証人ではバプテスマを受けるまでに時間がかかります。

バプテスマを受けるまでのプロセス

研究生 →伝道者→ 成員。成員になるとバプテスマを受けられる。

※伝道者以上の人々は互いのことを兄弟・姉妹と呼び合う。

この内、一般のお宅に訪問したり、街頭で話しかけたりするのは伝道者たちです。さらに、伝道者は、

  • 補助開拓者→月に50時間活動する。
  • 正規開拓者→月に70時間活動する。
  • 特別開拓者→月に130時間以上、手当をもらいながら活動する。

というふうに分かれます。

研究生や伝道者の期間は個人差がありますが、数年はかかるようです。この修業時代を経ることで、信徒はバプテスマを受けることができます。

※なお、エホバの証人の洗礼方式は[浸礼]です。

ちなみに、エホバの証人が公式で発表している信徒数(世界:約870万 日:約20万人)というのは伝道者の数だそうです。

しかし

何度も言う通り、伝道者はバプテスマを受けていません。

1-2.規律一覧

それではエホバの証人の成員はどのような規律の下で暮らしをしているのでしょうか。大まかに言うと…

  • 偶像崇拝の禁止→ 国旗敬礼や国歌斉唱を行わない。十字架も禁止など。
  • 政治参加はせず、選挙にすら行かない。
  • 反聖書的・異教由来の行事の禁止→ 誕生日もクリスマスもハロウィンも禁止。国民の祝日も否定する。
  • 結婚式や葬式に出席しない
  • 原則的に信者同士でしか結婚できない。
  • 兵役を拒否し、戦争に反対する。格闘技も禁止。
  • 輸血を拒否する。

大体このようなルールがあります。

これらのルールを守れない場合、排斥処分になります。

また

自ら脱会することを断絶、離脱した信徒を背教者と呼び、それ以降はエホバの証人との関わることは一切出来ません。

これらの規律の内、特徴的なものに注釈を入れましょう。

1-2-1.反聖書的・異教由来の行事の禁止

この観点からエホバの証人では、例えば誕生日を祝うことも禁止しています。その理由はこちらの公式サイトに載っているのですが、

要約すると、

  • 誕生日を祝う行為は元々、魔術や占星術から由来するものだった。
  • しかし、聖書では魔術や占星術の類を禁じている。

というわけで「誕生日を祝うことは聖書的ではないから」だそうです。

1-2-2.輸血拒否

エホバの証人の「輸血拒否」という独特な教義は、先進国における信徒数の減少の原因とも言われています。

また

日本では少なくとも20名の信徒が輸血を拒否して亡くなっています。

この理由も、やはり反聖書的だからです。例えば、

イスラエルの民や,あなたたちの間に住んでいる外国人の誰かが,何らかの血を食べるなら,私は血を食べているその人に必ず厳しい顔を向け,その人を民の中から除く。(レビ記17:10)

生きている動物はどれも食物にしてよい。緑の草木と同じように,それら全てをあなたたちに与える。ただし,血を含む肉を食べてはならない。血は命だからである。(創世記 9:3-4)

ちなみに「動物はどれも食物にしてよい」とあるように、神は肉を食すこと自体は許可しているようです。

2.エホバの証人の教義

次はエホバの証人の教義を見ていきましょう。

2-1.セブンスデーとの共通点

神や霊魂についてはこのように考えるようです。

  • 三位一体の否定→ イエス・キリストは神の子であり、神ではなく天使長ミカエルと同一である。
  • 霊魂消滅説→ 霊魂は不滅ではなく、イエス・キリストの再臨の日まで眠り続ける

これはセブンスデー・アドベンチスト教会の教義を採用したものです。

エホバの証人の設立者であるチャールズ・ラッセルは17歳の頃にセブンスデーの教義を知り衝撃を受けます。

ただし、イエス・キリストの再臨は目に見えない形でなされると考えたようです。

POINT

三位一体神・イエス・聖霊は一体であると考えること。

2-2.ハルマゲドンの戦い

まもなくハルマゲドンの戦いが始まり、神(エホバ)の軍団と悪魔の軍団が戦います。結果は神の軍団が勝利するのですが、

その際

どちらの陣営に加担していたかでその人の運命は変わります。

2-2-1.エホバの証人

エホバの証人たちはエホバの勝利後、楽園と化した地球でイエス・キリストともに千年間暮らすことができます。

その後、最後の審判があり、敬虔な者は永遠の命が授けられます。

2-2-2.悪魔の手先

一方、悪魔の軍団に加担した者は、

  • 酒ぶねの中で粉々に打ち砕かれる
  • 生きたまま燃える火の湖に投げ込まれる。

という罰を与えられます。では「悪魔の軍団に加担した者」とは誰の事かと言うと、

嘘をつく者、資本家、他宗派の聖職者などが該当するようです。

現在エホバの証人が他宗派他宗教のことをどのように考えているかを一応引用すると、

エホバの証人が非常に多い国もありますが,他の宗教グループの活動の制限や禁止を求めて当局に圧力をかけたりはしません。自分たちの道徳的・宗教的信念を一般社会に押しつけるような法律の制定を目指して運動したりもしません。

出典元:エホバの証人

とのことです。

2-3.エホバとは

ところで、神の名として[ヤハウェ(Yahweh)]という呼び方を記憶している方も多いと思います。

ヤハウェとエホバの関係としては、

神名は、ヘブライ語では4つの子音字YHWH(神聖四字)であらわされ(…)今日の旧約聖書学によると、YHWHの発音として、ヤハウェ(Yahweh)が最も信憑(しんぴょう)性が高いとされる。一方、かつて用いられたエホバ(Jehovah)は、誤訳である。

出典元: 信州聖書集会『神名ヤハウェとエホバについて』

とのことです。この「エホバ」という発音に特別なこだわりがあるのかは定かではありませんが、関連として、

  • エホバの証人が神エホバに祈る場所は、教会(church)ではなく王国会館(kingdom hall)と呼ばれる。
  • 「エホバに歌う」という独自の歌集がある。

なども押さえておきましょう。

3.エホバの証人の歴史

エホバの証人の歴史は他の分派と同様に迫害の歴史でした。

しかし

迫害を受ける度に彼らは結束力を固め、逆に「真のキリスト教だからこそ迫害を受けるのだ」という信念を強めていったようです。

というわけで最後に、エホバの証人がの歴史を辿っていきましょう。

3-1.初代会長チャールズ・ラッセルの時代

  • 1852】アメリカ合衆国のペンシルベニア州ピッツバーグでチャールズ・ラッセルが生誕。実家は服飾店を営み、カルヴァン派だった。
  • 1879】ラッセルを中心に『シオンのものみの塔およびキリストの臨在の告知者(現在のものみの塔)』を創刊開始。
  • 1884】シオンのものみの塔冊子協会(現在のものみの塔聖書冊子協会)を設立。初代会長はラッセル。
  • 1900】最初の支部をイギリス、ロンドンに開設。
  • 1916】ラッセルがテキサス州で亡くなる。

チャールズ・ラッセルはカルヴァン派の家で生まれながらカルヴァンの予定説に疑問を持つようになります。

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準備中

先述した通り、そんな彼にとって17歳頃のセブンスデーとの出会いは衝撃でした。

また

初期の頃からラッセルたちは伝道熱心で、鬼気迫る伝道はしばしば他宗派を攻撃したので、反感を買うことも多かったようです。

3-2.二代目会長ジョセフ・ラザフォードの時代

  • 1917ジョセフ・ラザフォードが二代目の会長に就任。
  • 1919】『黄金時代(現在の目覚めよ!)』を創刊開始。
  • 1931団体名を「エホバの証人」に変更。
  • 1942】ラザフォードがカリフォルニア州で亡くなる。

ジョセフ・ラザフォードの時代のエホバの証人は困難の連続でした。もともと他宗派へ攻撃によって目を付けられていたのですが、

第一次大戦の徴兵や国旗への敬礼を拒否した、敵国の支部に送金したなどの理由で、ラザフォードたちは逮捕されます。

それだけではなく、数々の王国会館が焼き払われたり信徒が暴徒に殺されたりもしたようです。

第二次大戦中もエホバの証人は弾圧を受け続けるのですが、やはり最も厳しかったのはナチス政権下のドイツでしょう。

ナチス政権下で多くの信徒が強制収容所に送られたようです。

3-3.三代目会長ネイサン・ノアの時代

  • 1942ネイサン・ノアが三代目の会長に就任。
  • 1943】各会衆に神権宣教学校(現在のクリスチャンとしての生活と奉仕)』を設置。
  • 1950】『クリスチャン・ギリシャ語聖書 新世界訳』を発表。
  • 1961】『新世界訳聖書』を発表。
  • 1977】ノアが亡くなる。

ネイサン・ノアの時代はエホバの証人にとっては拡張の時代で、彼の手腕と第二次大戦後で迫害もほとんどなかったことも相まって、

多くの信徒を獲得することに成功します。

ノアの会長就任時(1942)には11万人であったエホバの証人の信徒数は、彼の死亡時(1977)には222万人にもなったようです。

その後、エホバの証人は全世界に信徒が約870万人もいる宗教団体に成長していきます。

以上です。ありがとうございました。
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