アーミッシュとは | 教義と暮らし、殺人事件犯をなぜ赦したのか


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今回はアーミッシュ(Amish)の紹介をします。

なお

当サイトは宗教への理解を目的としており、特定の宗派の信者を増やす力はもっていません。

というわけで、まずはアーミッシュの客観的なデータを記述します。

  • 指導者】ヤコブ・アマン
  • 設立年】1693年
  • 発祥地】北アメリカ
  • 別名】アマン派
  • 主な地域】アメリカとカナダ
  • 信徒数】30万人以上
  • 名前の由来】指導者ヤコブ・アマンにある

もしかしたらアーミッシュのことを「民族の名称」と思っている方もいるかもしれません。

確かに

アーミッシュは局所的に住み、特徴的なライフスタイルを持って暮らしています。

彼らの独特なライフスタイルはアーミッシュの教義や歴史と切り離せないので、これについても紹介していきます。

1.アーミッシュとメノナイト

メノナイト(Mennonite)を知っている方は「メノナイトをさらに保守化させたのがアーミッシュである」と思えばわかりやすいでしょう。

かいつまんで言うと、

  • アナバプテスト(再洗礼派)に対して激しい迫害や拷問、処刑が行われていた時代に非暴力による抵抗を貫き信徒を獲得していったアナバプテストのグループがメノナイト
  • 時代を経るにつれて破門制度が緩んできたメノナイトに対して、もっと規律を厳格に守るべきだとして1693年に分離した派閥がアーミッシュ

※アナバプテストやメノナイトについては

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つまり、アーミッシュは

  • メノナイトの平和主義・共同体の絆の強さ・兵役を拒否し公職にもつかないという思想信条を受け継いでいる。
  • 暮らしや規律についてはさらに保守的にする。

という特徴をもっているわけですね。

なお

この場合の[保守的]とは聖書やイエス・キリストにならった質素で慎ましやかなライフスタイルを守るという意味です。

「メノナイトよりもアーミッシュの方がさらに質素で昔ながらの暮らしをしている」と言われるのはこのような理由があるわけです。

メノナイトやアーミッシュの大まかな特徴は以上のようになるのですが、

  • メノナイト →難民救済や災害救援などのボランティアを積極的に行う。
  • アーミッシュ → 慎ましやかで共同体での暮らしを重んじる。

という違いがあることも押さえておきましょう。

2.アーミッシュのライフスタイル

次はアーミッシュの暮らしぶりをまとめていきます。

2-1.十八世紀的な暮らし

アーミッシュは自給自足の生活をしているので農業を大事にしています。

電池やバッテリー用の最低限の電気を得るための水車や風車。自動車の代わりに馬車が走り、

各家庭には電話やテレビ、エアコンや電子レンジもありません。

アーミッシュは移住してきた18世紀当時の暮らしをなるべく保持しようとしているようです。

服装も18世紀当時のファッションをしています。

2-2.オールド・オーダー・アーミッシュとは

ただし

以上のような生活をしているのは代表的なアーミッシュのグループであるオールド・オーダー・アーミッシュと呼ばれる人々です。

アーミッシュの中にはもう少し文明的な暮らしをしているグループもあります。

また、オールド・オーダー・アーミッシュも完全に18世紀の暮らしを保持しているわけではありません。

天然ガスの冷蔵庫ガソリン式の洗濯機なども使っています。

何を取り入れるかの基準は「自分たちのアイデンティティーを崩してしまわないか」だそうです。

2-3.オルドヌングとは

アーミッシュはオルドヌングという生活の規律に関する不文法を持っています。

オルドヌングは不文法なので明確に文章として残っているわけではありませんが、大人の行動を通じて子どもたちに伝えられます。

大まかに言うと「相互扶助」と「チャラチャラするな」です。例えば、

  • ケンカをしてはいけない。
  • 化粧をしてはいけない。
  • 口ひげを生やしてはいけない(口ひげは男性的魅力の象徴とされる)。

この辺は彼らの原則から言えばわかりやすいのですが、

  • 聖書とその参考書以外の書物を読んではならない。
  • 讃美歌以外の音楽を聴いてはならない。

これらはキリスト教を大事にするだけではなく、若者が異文化から触発されるのを防ぐという意味合いもあります。

アーミッシュは来るものを拒まず、去る者も追いません。

しかし

オルドヌングを著しく破る者はアーミッシュから追放され、家族とも絶縁状態になってしまうそうです。

3.なぜアーミッシュは殺人事件犯を許したのか

アーミッシュの名前は2006年にペンシルベニア州であった銃乱射事件とともに記憶している方も多いかもしれません。

事件の概要をまとめると、

  • 発生場所】アメリカ合衆国ペンシルベニア州ランカスター郡のニッケルマインズという町のアーミッシュが通う小学校。
  • 被害】7-13歳の少女の5人が死亡。
  • 経過1】2006年10月3日、この小学校の近所に住むチャールズ・カール・ロバーツ(当時32歳)は武装した後、小学校へ乱入。
  • 経過2】この小学校は生徒25人(男子15,女子10)と教員4人からなる小規模の学校。ロバーツはその内、男子生徒と教員を解放して女子生徒のみを残した上で教室に立てこもる。
  • 経過3】警察の説得もむなしく、ロバーツは少女たちに発砲。10人の内5人の尊い命が奪われた。
  • 経過4】発砲直後、ロバーツも自殺。

このような悲惨な事件を起こした犯人は一体何者なのでしょうか。

3-1.チャールズ・カール・ロバーツとは

チャールズ・カール・ロバーツという男は襲撃した小学校の近くに住む牛乳配達員で、アーミッシュではありませんでした。

しかし

近所のアーミッシュとは顔見知りで、殺害した少女の家庭にも牛乳を配達していたそうです。

また、妻を持ち3人の子どもの父親でもありました。

犯行の動機については「神を憎悪していたから」とされています。生存者の一人の少女によると、

犯人は少女たちに神に祈るよう命令して、少女たちが神を信じていることを確認した後に射殺したとされています。

また、少女のみを襲った理由は「一種のロリコンだったから」と見られています(ただし、少女に性的な行為はしていません)。

彼は教室に立てこもっている際中に妻に電話をかけ、

20年前(当時12歳)に親戚の3-5歳の幼女に性的なイタズラをしたことをカミングアウトしたそうです。

3-2.姉妹の勇敢さ

この事件が語り継がれているのは事件の悲惨さのみが理由ではありません。人質の一人だったマリアン・フィッシャー(13)さんは、

犯人に対して「撃つならば私を撃って、他の子は解放してください。」と懇願したそうです。

人質の内最年長だったとはいえ、まだ13歳だったマリアンさんの勇敢な行動は多くの人を驚かせました。

さらに

妹のバビーさん(12)も姉に続き「次は私にしてください」と言い撃たれたのですが、彼女の方は一命を取りとめたようです。

3-3.祖父の決断

もう一つ世界を驚かせたのは、マリアンさんとバビーさんの祖父が、他の遺族たちにこう言います。

心の中に恨みを抱いてはいけない。犯人の邪悪さを考え続けてもならない。なぜなら、それらに執着すれば自分を苦めるからだ。

つまり犯人を許すべきだと述べ、他の遺族たちもそれに賛同したのです。

この言葉に一番救われたのは犯人の妻マリーさんや子どもたちでしょう。そもそも彼女らも被害者のようなものですから。

これら一連の出来事は全米で称賛を浴び、被害者の遺族やマリーさん一家の支援のための基金も設立されました。

一方で

「犯人を簡単に許していいのか」「少女たちの無念はどうなるのか」という疑問の声が挙がっているのも確かです。

そこで[赦す]とは一体どういう行為なのかを検討しましょう。

3-4.なぜ赦すのか

もう一度マリアンさんたちの祖父の言葉を読み直して欲しいのですが、

「自分を苦めるから」赦すべきだと言っています。しかし[赦し]とは本来自分の為にするものなのです。

※[赦す]ことのメカニズムや効用については

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3-5.魂は神に委ねる

「それじゃあ殺された子たちが可哀そう」と思う人もいるでしょうが、おそらく死者の魂は神に委ねるということでしょう。

もちろん

この考え方はクリスチャン全体に言えることです。

しかしクリスチャンでも多くの人間は、身内を殺された場合犯人を恨むでしょう。

やはり、遺族やアーミッシュの共同体が非情な殺人事件の犯人への許しを声明することができた理由はまだありそうです。

3-6.大家族とコミュニティ

では、その理由とは何なのか。一つには、

アーミッシュはメノナイトの流れをくむ徹底的な平和主義者だということもあるかもしれません。

他には、アーミッシュは

大家族制度を維持し家族の結束が固く、コミュニティもしっかりているため個々の家族のつながりも強いということも大きいでしょう。

大家族では父親や祖父の主張が強くなるため、現代社会では忌避されがちですが、困難な状況の時には父親や祖父が精神的な支えになります

また、コミュニティがしっかりしている社会では年長者の意見が尊重される傾向があるで、

被害者の姉妹の祖父は非常に言いづらいことを責任を持って発言し、それをコミュニティ全体に伝播することができたのかもしれません。

というわけでやはりこの銃乱射事件とその後の経過は、アーミッシュ共同体を特徴づける出来事だったと言えるのです。

以上です。ありがとうございました。
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